「分譲マンションだけど、自分の持ち物なんだから、鍵くらい自由に交換しても大丈夫だろう」。そんな軽い気持ちで、管理会社に何の連絡もせずに、自分で探してきた鍵屋に、玄関のシリンダー交換を依頼してしまったAさん。作業は一時間ほどで終わり、ピカピカのディンプルキーに変わった玄関を見て、Aさんは満足していました。しかし、その安易な行動が、後々、大きな問題を引き起こすことになるとは、その時のAさんは知る由もありませんでした。数日後、マンションの定期的な消防設備点検の日がやってきました。管理会社の担当者と消防設備業者が、各住戸を回り、室内の火災報知器などを点検します。Aさんが不在だったため、担当者は、事前に告知していた通り、保管していたマスターキーを使って、Aさんの部屋に入ろうとしました。しかし、何度キーを差し込んでも、鍵は回りません。ここで初めて、担当者は、Aさんが無断で鍵を交換したことに気づいたのです。その日のうちに、Aさんの元には、管理会社から厳しい口調の電話がかかってきました。「規約違反ですので、直ちに、元の鍵に戻してください」。Aさんは、自分の行動が、マンション全体の緊急時対応システムに穴を開ける、重大な問題であったことを、この時初めて知りました。結局、Aさんは、先日交換したばかりの新しいシリンダーを、再び取り外すために、もう一度鍵屋を呼ぶ羽目になりました。そして、管理会社が手配した、マンションの正規のキーシステムに対応したシリンダーに、改めて交換し直すことになったのです。新しいシリンダー代と、二度の交換作業費。Aさんの手元には、正直に報告していれば支払う必要のなかった、何万円もの余計な出費と、管理会社からの信頼を失ったという、苦い現実だけが残りました。このAさんの失敗談は、私たちに重要な教訓を与えてくれます。分譲マンションは、個人の所有権と、共同生活のルールが共存する、特殊な空間であるということ。そして、そのルールを軽視した自己判断が、いかに大きな代償を伴うか、ということを。