凍てつくような冬の深夜、仕事帰りに自宅の前までたどり着いた私は、カバンの中をかき回しながら絶望感に襲われました。あるはずの場所に、家の鍵がないのです。ポケットを探り、カバンをひっくり返し、何度も同じ動作を繰り返しましたが、冷たい金属の感触はどこにもありませんでした。駅からの暗い道をスマホのライトで照らしながら引き返しましたが、道端に落ちているのは枯れ葉と空き缶ばかりでした。家の鍵を落としたという事実は、真夜中の寒さと相まって、私を孤独のどん底に突き落としたのです。 まず私は、駅の遺失物センターへ向かいましたが、当然ながらその時間は既に閉まっていました。途方に暮れて交番へ行くと、親切な巡査が遺失届の書き方を教えてくれましたが、今のところ届け出はないとのことでした。一人暮らしの身にとって、深夜の鍵紛失は文字通り帰る場所を失うことを意味します。実家は遠く、友人の家に泊めてもらうにはあまりに遅い時間でした。私は震える手でスマートフォンを操作し、深夜でも駆けつけてくれる鍵業者を検索しました。広告にはすぐ伺いますという威勢のいい文字が並んでいましたが、料金表を見ると不安が募るばかりでした。 数件の電話を断られた末、ようやく一時間後に到着するという業者を見つけました。待っている間の時間は、永遠のように感じられました。自宅のドアの前でしゃがみ込み、防犯カメラに不審者として映っていないか気にしながら、鍵を落とした自分を激しく責めました。なぜカバンのファスナーを閉めなかったのか、なぜもっと注意深く行動しなかったのか。後悔の念が頭を駆け巡りましたが、起きてしまった事態を変えることはできません。ようやく作業員の方が現れたとき、私は救世主に出会ったかのような安堵感を覚えました。 作業は驚くほど迅速でした。作業員の方は特殊な器具を使い、ものの十分ほどでドアを解錠してくれました。しかし、その後に告げられた金額は、深夜料金と特殊作業代を合わせて私の月のお小遣いを軽く超えるものでした。痛い出費ではありましたが、温かい部屋に入れる喜びには代えられませんでした。作業員の方からは、鍵を落とした場合はピッキングの被害に遭うのと同じくらい、後から侵入されるリスクがあるため、早急に鍵を交換すべきだというアドバイスも受けました。その夜は興奮と不安でなかなか寝付けず、朝を待って管理会社に連絡することにしました。 翌日、寝不足の頭で管理会社に事情を説明したところ、幸いにも予備のシリンダーがあるということで、その日のうちに交換作業が行われました。鍵を落としたという一件は、私の生活を一変させました。新しい鍵を手にした私は、その足で紛失防止タグを購入し、カバンの内側に頑丈なチェーンで固定しました。あの深夜の絶望的な寒さと孤独感は、二度と味わいたくありません。不便さや金銭的な損失以上に、自分の不注意が招いたセキュリティの脆弱性に気づかされた出来事でした。鍵を紛失するということは、単に扉が開かなくなることではなく、日常の安全が崩れることなのだと痛感したのです。